山奥にある千石台オートキャンプ場には、大勢の人を呼び込むためのイベントも、にぎやかさを競うような仕掛けもない。あるのは、木々の間を抜ける風や鳥の声、そして訪れた人が自分の時間を取り戻せる静けさだ。
その環境は、偶然残っているわけではない。人数を制限する。大人数のグループ利用を増やさない。イベントをしない。必要以上の接客をしない。規模を広げない。粕谷オーナーは、売上を増やすためなら選ばれやすい施策を、あえて手放してきた。
目指しているのは、「田舎のおばあちゃんの家」のような場所。久しぶりに訪れても変わらない安心感があり、干渉されすぎず、それでも見守られている。静けさを守るために何をするかではなく、何をしないかを決める。その選択が、千石台オートキャンプ場の経営を形づくっている。
右も左も分からないまま、親から引き継いだ
キャンプ場の運営を始めた経緯を教えてください。
粕谷オーナー: キャンプ場は親から引き継ぎました。承継した時は、キャンプ場経営について右も左も分からない状態でしたね。まずは目の前の仕事を、一つずつ覚えるところから始めました。
引き継いだものを、そのまま動かせばいいわけではありません。山奥まで足を運んでもらうには、ここで過ごす理由や、どんな方に来てほしい場所なのかをきちんと伝える必要があります。でも、集客を優先しすぎると、この場所の魅力である静けさが失われてしまう。その間で、受け継いだ環境の価値を見つけ直してきました。
守りたいのは、「田舎のおばあちゃんの家」のような安心感
どのようなキャンプ場でありたいと考えていますか。
粕谷オーナー: 「田舎のおばあちゃんの家」のような安心感がある場所にしたいと思っています。華やかな設備や、特別な催しが次々にある場所ではありません。自然の中で、自分のペースで過ごせることを大切にしています。
困った時には頼ってもらえる。でも、必要以上には入り込まない。初めて来た方でも緊張せず、何度目かの帰省のように落ち着ける。人と人との間に余白があって、音や視線を気にせず過ごせることも、ここで提供している大切な体験です。
人数制限は、お客様の時間を守るため
受け入れる人数を制限しているのはなぜですか。
粕谷オーナー: お客様が安心して静かに過ごせる状態を守るためです。予約を受けられる余地があっても、人を増やしすぎないようにしています。
空いている場所を埋めれば、売上にはつながるかもしれません。でも、人が増えれば、車や話し声、生活音も増えます。隣との距離が近くなって、せっかく山奥まで来た方が周囲を気にしながら過ごすことにもなりかねません。
人数制限は、機会を逃すためのものではありません。今いるお客様が、この場所に期待した時間をきちんと受け取れるようにするための判断です。売上の最大化より、満足して帰ってもらえる状態を優先しています。
イベントをしない。大人数のグループを増やさない
イベントや大人数向けの企画を行わない理由を教えてください。
粕谷オーナー: イベントは短期的に人を集めやすい一方で、場内の空気を一気に変えます。にぎやかな時間を求める方には魅力でも、静けさを求めて来た方にとっては、期待していた滞在と違うものになってしまいます。
同じ理由から、大人数のグループ利用にも一定の制限を設けています。グループそのものを否定しているわけではありません。この場所で大切にしている過ごし方と合う範囲を守るためです。キャンプ場の考え方を事前に伝えて、互いの期待をそろえる。制限は、お客様と私たちの双方を守る約束でもあります。
接客を足しすぎない、というサービス
接客では、どのような距離感を大切にしていますか。
粕谷オーナー: 必要な時にはきちんと応じますが、過度に踏み込まないようにしています。キャンプに来る目的は、運営者と長く話すことではなく、自然の中で自分や家族との時間を過ごすことです。手厚く声をかけ続けることが、必ずしも心地よさにつながるとは限りません。
受付や案内、安全に関わる説明はきちんと行います。そのうえで、滞在中はそっとしておく。困った時には頼れるけれど、普段は静かに見守られている。その距離感が、「田舎のおばあちゃんの家」のような安心感につながっていると思います。
何もしないのではなく、お客様の時間を奪わないために、接客を足しすぎないということですね。
専門家とともに、キャンプ場の価値を言葉にした
キャンプ場のコンセプトは、どのように磨いてきたのでしょうか。
粕谷オーナー: 専門家の派遣を受けて、ウェブサイトや情報発信を見直す機会がありました。それまで感覚的に守ってきたキャンプ場の良さを、外から来る方にも伝わる言葉へ整えていく取り組みでした。
そこで見えてきたのが、設備や規模で競うのではなく、「静かに過ごせる山奥のキャンプ場」という価値を、もっと明確に伝えることでした。人数制限やイベントをしない方針も、単なる禁止事項ではなく、なぜその判断をしているのかまで届ける。理由が伝われば、その静けさを求める方に選んでもらいやすくなります。
サイト改善は、見た目を整えるだけではありませんでした。誰に、どんな時間を届ける場所なのか。キャンプ場のコンセプトと、経営の判断基準を見つめ直す機会になりました。
ソロキャンパーが増え、女性一人でも選ばれる場所へ
コンセプトを明確にしたことで、利用者に変化はありましたか。
粕谷オーナー: ソロキャンパーの利用が増えました。女性が一人で来てくださることもあります。一人のキャンプでは、周囲の雰囲気や利用者同士の距離が、滞在の心地よさを大きく左右します。大人数のグループが少なく、場内が落ち着いていること。必要以上に干渉されず、困った時には運営者を頼れること。そうした条件が重なって、一人でも過ごしやすい環境になっているのだと思います。
流行に合わせて新しい企画を加えたというより、もともと守ってきた静けさを言葉にして、それを必要とする方に届くようにした結果ですね。
オフシーズンにも、「何もない時間」を求める人がいる
オフシーズンの集客については、どのように考えていますか。
粕谷オーナー: 静けさを価値として伝えることで、人の少ない時期そのものが魅力になると考えています。にぎわいを目的にしない方にとって、オフシーズンは不便な時期ではありません。音が少なく、空気が澄んでいて、自然の変化を近くに感じられる。場内の余白を、より深く味わえる時間でもあります。
季節ごとに大きなイベントを打つのではなく、この場所でしか得られない落ち着きを丁寧に伝える。繁忙期以外にも訪れる理由をつくることが、静けさを崩さずに経営を続ける方法になっています。
大きくしない。変わらない安心感を残す
今後、キャンプ場をどのようにしていきたいですか。
粕谷オーナー: 規模を広げることは考えていません。サイト数や受け入れ人数を増やせば、売上は伸びるかもしれません。でも同時に、今のお客様が感じている静けさや安心感が薄れる可能性もあります。
大切なのは、どこまで大きくできるかではなく、今ある価値をどこまで長く守れるかです。訪れるたびに環境や雰囲気が大きく変わるのではなく、「また帰ってきた」と思える場所であり続けたいですね。
合う方にきちんと見つけてもらい、落ち着いて過ごした方がまた来てくださる。規模ではなく、信頼の積み重ねで続いていくキャンプ場を育てていきたいと思っています。
編集後記
人数を増やさない。イベントをしない。接客を足しすぎない。規模を広げない。粕谷オーナーの経営には、「やらない」という判断がいくつもある。
しかし、その制限は運営者の都合から生まれたものではない。山奥まで足を運んだ人が、安心して静かに過ごせる時間を守るためにある。受け入れられる人数より、満足して帰ってもらえる人数を選ぶ。短期の売上より、何度でも帰りたくなる変わらない安心感を選ぶ。
何かを増やすことだけが経営ではない。守りたい価値を明確にし、そのために手放すものを決めることも経営だ。千石台オートキャンプ場の静けさは、粕谷オーナーが重ねてきた選択によってつくられている。
施設概要
| 施設名 | 千石台オートキャンプ場 |
|---|---|
| 運営者 | 粕谷オーナー |
| 業種分類 | キャンプ場 |
| 事業概要 | キャンプ場運営 |
| 公式サイト | https://www.1059dai.com |