Wi-Fiはない。机もない。マンションの床に座り、スマートフォンのテザリングでネットにつなぐ。20歳で創業した黍田龍平代表が、「一番楽しかった時期の一つ」と振り返るのは、何も整っていなかった頃だ。
「学生起業家」という肩書きは、人と会うきっかけをつくった。若さが注目を集め、話を聞いてもらえた場面もあったという。しかし、彼自身は、それをこれからも通用する強みとは考えていない。
学生起業という「下駄」は、いつか外れる。若いからではなく、何を生み、誰に価値を届けたのかで選ばれる会社になれるか。その危機感は、AIと動画で企業の発信を支える事業の核と、地方のものづくりを届けたいという未来へつながっている。
鹿児島から東京へ。「つくる」ことから始まった
起業に至るまでの歩みを教えてください。
黍田代表: 鹿児島県で生まれ、高校卒業までそこで過ごしました。その後に海外へ行く経験があり、大学進学を機に東京へ出てきました。
デザインで初めて報酬をいただいたのは、17歳くらいの時です。自分のつくったものに価値を感じてもらえた。その経験は大きかったです。
大学に入ると、スタートアップで長期インターンを始めました。デザイン、Web、BizDevなど、その時に必要な仕事を幅広くやりました。初日からWebサイトの改修を任されるような環境で、研修の後に実務に入るのではなく、実務の中で学び方を覚えていった感覚です。
少年期には12年間、バスケットボールを続けていました。ただ、現在の事業に直接つながっている原点は、自分で手を動かし、つくったものの価値を相手に届けるデザインの経験だと思います。
登記の前に売る。机のない部屋から始めた
20歳で起業する時、最初に何をしたのでしょうか。
黍田代表: 最初に法人をつくったわけではありません。まず簡易的なプロダクトをつくって、実際に営業しました。お客様が話を聞いてくれて、売れる感触がある。それを確かめてから登記しました。起業することではなく、事業を成り立たせることが先でした。
最初のオフィスはマンションの一室です。Wi-Fiも机もなかったので、スマートフォンでテザリングし、床に座って仕事をしていました。
不便な環境で、苦しくはなかったですか。
黍田代表: むしろ、一番楽しかった時期の一つです。設備も売上も組織も、まだほとんどありません。それでも、自分たちが手を動かすたびに、会社が少しずつ形になっていく感覚がありました。
学生起業の「下駄」が外れた後、何が残るか
学生で起業したことを、今はどう捉えていますか。
黍田代表: 学生起業だったから、まず興味を持ってもらえた部分は確実にあります。「学生なのに会社をやっているんだ」と、話を聞いてもらえる。それはメリットでした。
一方で、その「下駄」は年齢とともに少しずつ外れていきます。いつまでも「若いのにすごい」とは言ってもらえない。最後は実績、売上、能力で判断されます。若さが理由ではなく、実力が理由で選ばれる会社をつくらなければいけないと思っています。
大企業に進んだ同期を意識することはありますか。
黍田代表: 焦りはあります。大学を休学しながら起業し、最終的には退学しました。同期の中には大企業へ進み、研修や教育を受けながら成長している人がいます。
僕には、月ごとに成長を見てくれる上司はいません。会社が成長しなければ、自分も成長できない。同期への焦りを、比べて落ち込むために使うのではなく、会社を前へ進める力に変えたいと考えています。
給与を止めない。経営者の責任を知った数カ月
これまでで、最も苦しかった時期を教えてください。
黍田代表: 外部資金も活用しながら事業を進める中で、投資家との交渉が予定どおりに進まなかった時期がありました。入ってくると見込んでいた資金の時期がずれ、キャッシュが非常に厳しくなりました。
自分一人の生活だけなら、我慢できることもあります。でも、社員への給与は守らなければいけない。支払いを止めないために、多方面から資金を工面しました。精神的にもかなり厳しく、あの数カ月には戻りたくないですね。
資金繰りの話は、苦労を大きく見せるためのエピソードではない。「自分が決めた会社で、働く人の生活を止めない」という、創業者から経営者へ責任が変わった瞬間でもあった。
動画をつくる会社から、つくれる企業を増やす会社へ
現在中心となっている「UGC Maker」は、どのようなサービスですか。
黍田代表: 企業向けのAI動画広告生成サービスです。縦型・横型の動画を、Webプロダクトでお客様自身につくっていただく形と、制作業務を私たちが担う形の両方があります。
動画は、企画、撮影、編集の知識がないとつくれないと思われがちです。AIや仕組みを使うことで、そのハードルを下げる。単に動画を納品するだけではなく、企業が自分たちで発信できる選択肢を増やしたいと考えています。
お客様とは、どのように出会うのでしょうか。
黍田代表: インバウンドとアウトバウンドの両方を行っていますが、メインはアウトバウンドコールです。紹介は取材時点で全体の1割強くらいでした。
取材時点では、累計の動画生成本数が1万本を超えていたという。
創業者が「手を放す」ことで、組織は前へ進む
仲間は、どのように集まってきたのでしょうか。
黍田代表: インターン生は採用サイト等から来てくれます。マネージャーやボードメンバーは、紹介や過去のご縁が多いです。起業初期のピッチイベントで知り合い、数年後に入ってくれた人もいます。
組織が大きくなる中で、自分の役割はどう変わりましたか。
黍田代表: 僕が何にでも介入すると、組織が僕の確認待ちになり、かえって進まなくなります。だから、マネージャーに判断と権限を渡すことを意識しています。自分で抱えるのではなく、その人が責任を持って進められる状態をつくることが必要です。
給与だけを理由に働く関係で終わらせたくはありません。インターン生も含め、「リスポでもっと挑戦したい」と思える機会をつくることも、経営の役割だと思います。
忙しさではなく、生み出した価値で一日を測る
経営者として、日々の時間をどのように見ていますか。
黍田代表: 時間の使い方は、かなり厳しく見ています。自分の役員報酬等から一日の価値を逆算して、今日はそれに見合う売上や価値を生み出せたかを考えます。
この会食は必要だったか。このミーティングに自分が出る必要はあったか。長く働いたことではなく、自分にしかできない判断に時間を使えたかで振り返ります。
取材では、自宅とオフィスが近く、会食後にオフィスへ戻ることもあると語った。ただ、記事で残すべきなのは「長時間働く経営者」という見せ方ではない。経営者の時間をどこへ投じれば、会社の価値に変わるのかを問い続ける姿勢である。
伝える力の差で、ものづくりを埋もれさせない
UGC Makerの先に、どのような未来を見ていますか。
黍田代表: 僕自身が元デザイナーで、ものづくりが好きです。魂を込めてつくられたものを、必要とする人に届けることが好きなんです。
地方や中小企業には、強いこだわりや技術を持つ会社がたくさんあります。でも、資本力や発信力の差で、その良さが届いていないことがある。すべてを外部に任せなければ伝えられないのではなく、企業が自分たちの言葉で価値を届けられる手段を増やしたいです。
UGC Makerもその手段の一つです。動画制作のハードルが下がれば、商品の背景やつくり手の思いを、企業自身が発信しやすくなる。つくる力のある会社と、それを必要とする人が出会う場所を、技術とクリエイティブで増やしたいと考えています。
学生起業の下駄が外れた後、自分たちは何で選ばれるのか。発信力の差がなくなった後、商品は何で選ばれるのか。黍田代表自身が向き合う問いと、事業で解きたい課題は、ここで重なる。見せ方の工夫だけではなく、ものそのものの実力が正しく届く状態をつくろうとしている。
起業を目的にしない。それでも、最後は実行する
これから起業を考える人へ、伝えたいことはありますか。
黍田代表: 学生起業には、興味を持ってもらいやすいメリットがありました。一方で、社会人経験や人脈が足りないことはデメリットでした。今もう一度選ぶなら、一度企業へ就職する選択肢も考えると思います。
新卒カードは一度しか使えません。会社で数年間経験を積んでから起業するのも十分にありです。起業すること自体を目的にしない。何をつくり、誰に届けるのかを先に考えたほうがいいと思います。
ただ、考えるだけでは何も始まりません。最後は、実行、実行、実行。試して、結果を見て、次を実行する。その積み重ねが、下駄の外れた後に残る実力になるのだと思います。
編集後記
「学生起業の下駄は、いつか外れる」。その言葉は、若さを否定しているのではない。若さで得た機会と、若さでは補えなかった経験を、同じ目で見ている。そして、下駄の外れた後に選ばれる理由を、今からつくろうとしている。
Wi-Fiも机もない部屋で手を動かした創業者は、資金繰りで給与を守る経営者になり、今はマネージャーへ権限を渡す組織をつくっている。自分がつくることから、他者がつくれる状態をつくることへ。その役割は、会社とともに変わってきた。
若さではなく実力で評価されたい。その思いは、発信力の差で埋もれるものづくりを、本来の価値で選ばれる場所へ届けたいという事業の目標と重なる。下駄が外れた後に何が残るのか。黍田代表は、その答えを会社と事業の両方でつくり続けている。
会社概要
| 会社名 | 株式会社リスポ |
|---|---|
| 代表者名 | 代表取締役社長 黍田 龍平 |
| 設立 | 2021年5月19日 |
| 本社所在地 | 東京都港区南麻布5-15-20 3F |
| 資本金 | 4,000万円(資本準備金を含む) |
| 事業概要 | AI動画広告生成サービス「UGC Maker」の開発・提供、広告運用・SNSコンサルティング、クリエイターキャスティング |
| WEBサイト | https://corp.ugcmaker.jp/ |
| サービスサイト | https://service.ugcmaker.jp/ |