千葉県船橋市で、家族が長年守ってきた梨園を受け継いだ井戸亮輔代表。事業の中心にあるのは梨だ。
井戸代表が選んだのは、土地を手放すのではなく、自ら農業を続ける道だった。梨を育てて販売するだけではない。まず本当においしいものをつくり、その魅力が伝わる見せ方を考え、若い世代や子どもにも梨へ関心を持ってもらう。そこまでを一つの仕事として捉えている。
目指すのは、生産者だけが満足する経営でも、売上だけを追う経営でもない。食べた人が笑顔になり、その反応がつくり手の力になる。両者が心地よくつながる環境を育てながら、「船橋のおいしい」を次の世代へ残そうとしている。
家族が守った土地で、梨園を継ぐ
梨園を継ぐことになった経緯を教えていただけますか。
井戸代表: うちは、家族がずっと守ってきた梨園です。農家としての始まりは明治元年頃で、梨園としては昭和30年頃から続いています。
自分が継がなければ、いずれ土地を手放すことになるかもしれない。そう考えた時に、家族が守ってきた場所を自分の代でなくしたくないという気持ちがありました。農業は、家業をそのまま受け取れば続くという仕事ではありません。天候もありますし、病気や虫の影響もあります。育てるだけでなく、販売まで考えなければいけない。その難しさも含めて、自分が続けようと決めました。
土地がなくなれば、そこで育ってきた味も、景色も、仕事もなくなってしまいます。梨園を残すことは、うちの家族のためだけではなく、船橋の農業を次の世代へ残すことにもつながると思っています。
本当においしいものを、伝わる見せ方で届ける
梨を届けるうえで、大切にしていることは何でしょうか。
井戸代表: まずは、本当においしいものをつくることです。そこが一番大事ですね。ただ、おいしいものをつくって待っているだけでは、まだ知らない方には届きません。食べてみたいと思ってもらうための見せ方も、同じくらい考える必要があると思っています。
ホームページやInstagram、販売する場所での見え方を整えて、写真や言葉から興味を持ってもらう。そして、実際に食べた時に「思っていた以上においしい」と感じてもらう。その順番がそろって、ようやくこちらのこだわりが伝わるんじゃないでしょうか。
見せ方だけで売りたいわけではありません。きちんとおいしいものを育てたうえで、その価値が伝わる入口をつくりたいんです。販売の場でも、味を知ってもらい、納得して気持ちよく買っていただくことを大切にしています。
一年に一度の再会が、続ける力になる
お客様との関わりの中で、うれしいと感じるのはどんな時ですか。
井戸代表: 梨の販売時期に、毎年来てくださるお客様と再会できるのはうれしいですね。「今年も来てくれた」と思えることが、季節の仕事を続ける力になっています。
食べた後に感謝の言葉や手紙をいただいたり、「おいしかったから、今度は別の人に贈りたい」と連絡をいただいたりすることもあります。うちの梨をきっかけに、人から人へつながっていく。それは数字だけでは測れない、農園の財産だと思います。
うちは、いわゆる梨街道から外れた場所にあります。立地だけで自然に選ばれるわけではないからこそ、味はもちろん、来ていただいた時間も気持ちよく過ごしてほしい。年に一度の短い販売期間に交わした言葉が、次の年の再会につながっていくのが理想ですね。
若い世代と子どもに、梨の入口を増やす
梨を次の世代へつなぐために、どんなことが必要だと考えていますか。
井戸代表: 今のお客様は、中高年の方が中心だと感じています。だからこそ、若い世代や子どもにも、まず梨に興味を持ってもらう入口を増やしたいんです。
生の梨をそのまま食べてもらうことはもちろんですが、加工品のような別の形から知ってもらう方法もあると思っています。
子どもたちが農業に触れられる仕事体験についても考えています。自分の手で育てたり、作業を経験したりすると、食べることへの見方も変わりますよね。仕事を知る機会であると同時に、食育にもつながる。そういう入口を地域につくっていきたいです。
誰でも関わりやすい農業へ、仕事を整える
農園で働く人が関わりやすいよう、工夫していることはありますか。
井戸代表: 農業を長く続けるには、家族や自分一人に仕事が集中しない環境をつくらないといけません。パートやアルバイトの方が担当する作業は、初めてでも分かりやすいように整理して、できるだけ取り組みやすい形にすることを意識しています。
経験が必要な仕事と、手順を整えれば多くの人ができる仕事を分ける。迷わず動ける形になれば、農園側の負担が減るだけでなく、農業に関わる人の入口も広がります。
誰でもできるようにすることは、仕事の価値を下げることではありません。長く続けるために工程を見直して、必要な技術を次へ渡せる形にしていく。個人の経験だけに閉じない農業にしていきたいと思っています。
捨てる梨をなくすために
廃棄される梨については、どのように考えていますか。
井戸代表: 丁寧に育てても、病気や虫の影響、見た目の理由などで、通常の商品として販売できない梨はどうしても出てしまいます。味には問題がないものもありますから、別の形で生かせないかと考えています。将来的には、廃棄ゼロを目指したいですね。
加工品は、廃棄を減らす可能性だけでなく、若い世代に梨を知ってもらう入口にもなり得ます。
梨を捨てないということは、実だけでなく、そこまで育てるためにかけた時間や手間、土地の力も無駄にしないということです。生産者にも、食べる方にも無理のない形を探しながら、一つずつ廃棄を減らしていきたいと思っています。
「船橋といえば梨」を、未来の当たり前に
これから、どんな梨園をつくっていきたいですか。
井戸代表: 広げたいのは、井戸梨園一軒の名前だけではありません。「船橋といえば梨、梨といえば船橋」と、自然に思い浮かべてもらえるようにしたいです。
直接農園へ来てくださる方はもちろん、地域の外にいる方へオンラインで届けることも、船橋の梨を知ってもらうきっかけになります。
家族から受け継いだ土地を守って、本当においしい梨を育て、その価値が伝わる形で届ける。若い世代が梨や農業に興味を持ち、捨てられる梨も少しずつ減っていく。そんな積み重ねの先に、「船橋のおいしい」が未来にも残っていくと思っています。
編集後記
井戸代表の話から見えてきたのは、梨をつくることと、梨が次の世代へ届く環境をつくることを切り離さない経営だった。
おいしさを追求する。見せ方を整える。常連客との再会を大切にする。子どもが農業に触れる入口を増やし、働く人が関わりやすいよう作業を整える。廃棄される梨の活用を考える。それぞれの取り組みは、土地と農業を未来へ残すという一つの軸でつながっている。
「船橋のおいしい」は、畑の中だけで完成するものではない。育てる人、届ける人、食べる人がつながり、また次の季節を待ちたくなる。その循環を続けることが、井戸代表の目指す農園経営なのだ。
農園情報
| 農園名 | 井戸梨園 |
|---|---|
| 代表者名 | 井戸 亮輔 |
| 所在地 | 〒274-0812 千葉県船橋市三咲5-22-32 |
| 業種分類 | 農業・果樹栽培 |
| 事業概要 | 梨の栽培・販売、梨加工品の製造・販売、梨狩り体験 |
| 主な取扱品 | 梨、梨プリン、梨ジャム、ドライフルーツ等 |
| WEBサイト | https://idonashien.com/ |