花を浮かべた一人用の足湯は、写真だけでも目を引く。嵐湯はその華やかな見た目をきっかけにSNSで知られるようになり、「花の足湯」という分かりやすいアイコンを得た。
だが、株式会社嵐湯の田部安奈代表が経営の中心に置いているのは、花でも写真映えでもない。足湯を準備し、旅の疲れに寄り添い、言葉を交わすスタッフだ。お客様がスタッフの名前を口コミに残し、再び会いに来て、一緒に写真を撮る。その関係が生まれた時、旅の途中の短い滞在は、帰った後も思い出せる時間に変わるという。
エステティシャンとして人の身体に向き合ってきた経験と、旅行が好きだからこそ感じていた「観光中に気軽に休める場所が少ない」という実感。その二つをつないで生まれた嵐湯で、田部代表は人のおもてなしを競争力へ変えようとしている。
エステティシャンから、観光地の新しい体験をつくる
嵐湯を始めた背景を教えてください。
田部代表: もともとはエステティシャンとして働いていて、その後に独立してエステサロンを運営していました。人に触れて疲れを和らげたり、気持ちを切り替えてもらったりする仕事をずっとしてきたんです。
私自身、旅行が好きなんですけど、観光地を歩いていると、途中で足が疲れることが多いですよね。それなのに、少し休みながら足をケアしてもらえる場所は、意外と見つかりませんでした。大層な施設に入るのではなく、旅の合間に気軽に立ち寄れて、次の予定へ向かう前に身体と気持ちを整えられる場所があればいいと思ったんです。
外国人観光客が増えていた時期ではありますが、「インバウンドが伸びているから」という理由だけで始めたわけではありません。旅行者として感じていた不便さと、エステやリラクゼーションの仕事で培ってきた経験がつながって、新しい事業として嵐湯を考えるようになりました。
取材では、嵐湯を始めた時期を2017年と伺った。
花の足湯は、最初から「映え」を狙ったわけではない
花を浮かべた足湯は、どのように生まれたのでしょうか。
田部代表: 最初からSNSで拡散してもらうことを目的に、花を浮かべたわけではないんです。一人ひとりに専用の木桶を用意して、観光の途中でも優雅な気持ちで休んでもらうにはどうしたらいいか。その体験を考えた結果でした。
ホテルのスパなどで見てきたサービスも参考にしながら、花を浮かべたり、緑茶や塩のような日本らしさを感じられる要素を取り入れたりしました。旅先でただ座って休むのではなく、見た目や香り、温かさも含めて、気持ちがほぐれる時間にしたかったんです。
結果として花の足湯が写真に撮られ、SNSで広がり、嵐湯を知っていただく大きなきっかけになりました。それはありがたいことです。でも、見た目はあくまで入口です。本来の目的は、歩き疲れた旅人に休んでもらい、癒やされた状態でまた旅を楽しんでもらうことにあります。
旅の思い出をつくるのは、スタッフ
嵐湯の価値として、最も大切にしているものは何ですか。
田部代表: 一番大切にしているのは、人材です。花の足湯やフットマッサージだけで、感動する体験が完成するとは考えていません。そこでスタッフがどのようにお迎えして、どんな会話をして、どんな気持ちで送り出すかまで含めて、嵐湯のサービスだと思っています。
特に外国から来たお客様にとっては、現地の人と話したこと自体が旅の思い出になります。足湯に入ったという事実だけではなく、「あのスタッフとこんな話をした」「一緒に写真を撮った」という記憶が残るんです。
口コミでスタッフの名前を書いていただいたり、もう一度会いに来ていただいたりすることもあります。鏡開きのように、その場にいる人と一緒に楽しめる体験では、スタッフもお客様の旅に参加します。働いているスタッフそのものが、会社にとって大切な財産なんです。
サービスを増やすこと以上に、人が育ち、その人らしいおもてなしが積み重なること。それが、ほかでは代わりにくい嵐湯の競争力になっていくと考えています。
「お姫様気分」と言われるほど、丁寧にもてなす
接客では、どのような体験を大切にしていますか。
田部代表: お客様一人ひとりに専用の足湯を用意して、最後には足を丁寧に拭きます。そうした時間を通して、「お姫様になったような気分」と言っていただくことがあります。
豪華に見せたいというより、自分のためにきちんと準備され、自分のことを大切に扱ってもらえていると感じていただきたいんです。日常では、誰かに足を拭いてもらう機会はほとんどありませんよね。だからこそ、短い時間でも特別に迎えられている感覚が生まれます。
外国人観光客にも日本人観光客にも、見た目だけではなく、スタッフが目の前のお客様へ丁寧に向き合う姿勢を喜んでいただいています。花の種類や装飾だけではなく、接客そのものが差別化になる。そこは、これからも大切にしたい部分です。
世界観を守るために、人を育てる
採用や人材育成では、どのようなことを重視していますか。
田部代表: まず、接客が好きな人ですね。外国人のお客様が多い環境でも、言葉が完璧になるまで待つのではなく、自分からコミュニケーションを取ろうとする人。失敗を怖がりすぎず、まず挑戦してみようと思える人と一緒に働きたいと考えています。
学生のアルバイトや、マッサージが未経験の方でも、嵐湯の考え方に共感してくれる方なら育てていきたいです。技術は社内で学べますし、取材時点では英会話のレッスンなど、働きながら学べる機会を福利厚生の一つとして支援していると伺いました。
田部代表は取材で、スタッフの姿勢を説明するために、USJやディズニーランドのキャストを例に挙げた。両施設との提携関係を示すものではなく、目の前のゲストを喜ばせるために、自分で考えて動く仕事への向き合い方を表す比喩だ。
田部代表: 決められた作業だけをこなすのではなく、「このお客様に、今何をしたら喜んでもらえるだろう」と考えられるスタッフを増やしたいんです。同じ設備があっても、人によって体験は変わります。嵐湯の世界観を守りながら、その人らしい接客ができる状態をつくることが、今の最優先課題です。
日本全国、そして海外へ
今後の展開について、どのように考えていますか。
田部代表: 取材時点では、日本の主要な観光地へ嵐湯の体験を広げていくことを構想しています。自社で店舗を増やす方法だけではなく、フランチャイズや、ホテルへのライセンス提供、旅行会社と連携して旅行プランの中に組み込んでもらう形も視野に入れています。
海外展開も考えていて、候補の一つとしてシンガポールの話もしています。ただ、どれも現在の確定事項としてお伝えできる段階ではありません。どの方法なら嵐湯の世界観と接客品質を守ったまま広げられるのかを考えているところです。
場所だけが増えても、そこで働く人が育っていなければ、同じ体験にはなりません。展開のスピードよりも、人を育てることと、お客様を丁寧にもてなす文化をどう伝えるか。その土台を整えながら、全国や海外の可能性を見ていきたいと思っています。
旅の途中の数十分を、旅全体の記憶に変える
最後に、嵐湯を訪れる方へ伝えたいことはありますか。
田部代表: 五感で癒やされる体験を通して、旅の満足度を高めていただきたいです。花の見た目や足湯の温かさだけではなく、空間で感じるものや、スタッフとの会話まで含めて楽しんでいただけたらうれしいですね。
観光には限られた時間があります。その中の数十分を嵐湯で過ごすことで、身体が楽になり、気持ちにも余裕が生まれて、その後の旅をもっと楽しめる。帰ってから写真を見た時に、スタッフと話したことまで思い出してもらえるような時間をつくりたいと思っています。
編集後記
花の足湯は、嵐湯を知る強い入口になった。だが、田部代表がその先に置いているのは、設備や装飾ではなく人だ。
一人のために足湯を整え、丁寧に足を拭き、言葉を交わす。スタッフの名前が口コミに残り、再訪や一緒に撮った写真につながる。模倣しやすい見た目だけではなく、人と人との間に生まれる時間を育てることが、嵐湯の経営を支えている。
旅の途中の数十分は短い。それでも、誰かに大切にもてなされた記憶は、旅全体の印象を変えることがある。田部代表が広げようとしているのは花の足湯という形式だけではなく、人のおもてなしによって旅の満足度を高める考え方なのだ。
事業概要
| ブランド名 | 嵐湯 |
|---|---|
| 運営法人 | 株式会社嵐湯 |
| 代表者 | 田部 安奈 |
| 公式サイト | https://www.arashiyu.jp |
| 開業時期 | 取材時点では2017年と説明 |
| 事業内容 | 観光地における足湯カフェ、フットマッサージ/リラクゼーション「嵐湯」の運営、エステ関連事業 |
| 店舗情報 | 嵐山本店/伏見別邸/祇園別邸/鎌倉別邸 |