Momentum Youth と林田聡一朗さん

株式会社Momentum Youth の代表・林田聡一朗さんが登場する回。動画では、中小企業支援の文脈での補助金・助成金の申請代行という主事業のしくみ、今年一気に拡大したという香水事業、学生時代の起業体験から広告代理店を経て独立に至った歩み、そして仲間を大切にする経営観まで、幅広く語られる。

事業の全体像 — 補助金支援を軸に

動画によると、同社はいくつかの事業を展開しており、その中核が中小企業支援の文脈での補助金・助成金の申請代行だという。これをメイン事業に据えつつ、今年に入って一気に事業を拡大していると語る。最初に広げたのが、芸能人・YouTuber・アニメキャラクターの香水をつくる事業だという。

林田さんは「さらっと言っているが、かなり著名な相手とコラボしている」とインタビュアーから紹介される。第1弾の香水は著名なアーティストとのコラボで、Breaking Downで活躍した選手の香水なども手がけていると語る(コラボ相手の固有名詞は自動字幕からの聞き取りを含むため、正確には本編・公式情報をご確認ください)。

補助金支援の独自モデル

動画によると、一般的な補助金事業が「補助金を受けたい人」を顧客にするのに対し、同社の営業先は補助金を受けたい人ではないという。補助金の対象になるツールなどを持つ事業者にパートナー営業をかけ、その事業者が営業をかけた顧客の申請を同社が引き受ける、という形を取っていると説明する。

林田さんはこれを「無料の集客チャネルがあるようなもの」と表現する。パートナー側が顧客を連れてきてくれる構造のため、スピード感を持って事業を拡大できたとありがたみを語る。補助金は案内のプロとして淡々とミスなくサポートできる人材がいれば回るため、ここに新規営業の要素は生まれにくいとも話す。

急拡大する香水事業

動画によると、香水事業で大事なのは「どれだけ知名度があって売れる人物の香水を作れるか」だという。事務所経由ではなかなか実施まで至らないため、さまざまな人脈をたどって本人(個人)にたどり着けるかが鍵になると語る。

香水という領域を選んだ理由として、アパレルは多くの人が手がけて競合が激しい一方、香水は手を出す人が少なく、繋がりさえあれば話がまとまりやすいことを挙げる。Breaking Downのスポンサーやスポーツチーム(バスケットボールなど)のスポンサー活動を通じた繋がりが、企画をまとめるうえで生きていると話す。広告に頼らず、インフルエンサーのファンに届けるモデルのため広告費をかけずに売れる点もありがたいと語る。

規模(動画での発言)

動画によると、売上は大体10億円ほどの規模感、正社員は35〜40名ほど、業務委託やアルバイトを含めると560名ほどの規模だという。代表に就いてから今年で4年目だと語る(数値は動画での発言であり、正確には本編・公式情報をご確認ください)。

経歴 — 学生時代の起業体験から広告代理店へ

動画によると、林田さんは東京・世田谷の生まれ育ち。小さな小学校で足が速くドッジボールも強く、自然と学年のリーダー的な立ち位置になっていたという。小学1年から野球に打ち込み、中学でバスケットボールに転向。「スポーツ推薦で強い高校に入る」ことを条件に転向し、実際にバスケ強豪校へ進んだと振り返る。

最初にお金を稼いだ原体験は、大学時代に立ち上げたクラブイベントのサークルだという。最大60人規模の団体になり、イベントは数百人から、合同開催では数千人規模にもなった。月にならして30万円ほどを稼ぎ、「自分で組織を作る楽しみ」「お金を稼げる自信」を得たと語る。このときの副代表が現在の共同経営者で、当時の幹部メンバーの一部が今の従業員になっているという。

大学卒業後は業界を絞って就職活動を行い、インターネット広告代理店に新卒入社。約7年在籍し、テレアポからのアウトバウンド新規営業でクライアントを開拓し、クロージングして運用チームへ引き継ぐ仕事を担った。携帯販売店向けのプロモーションを扱う特殊な部署で、トップクライアントは月1億円規模の予算を投じていたという。新規営業からコンサルチーム、最終的には両方を見るマネージャーを務めたと語る。

独立の決断

動画によると、学生時代の相棒(現・共同経営者)と「一度社会人を経験して一緒に会社を作ろう」と約束しており、サラリーマンになった時点で独立は決めていたという。ただ、早くから役職に就き給料も悪くなかったため、7年と長く在籍してしまったと振り返る。30歳の節目で「このまま終わっていいのか」と考え、退職を決断したと語る。

独立したのは結婚した翌年、子どもが生まれた年(29〜30歳ごろ)で、周囲からは「頭がおかしい」と言われたという。妻とその両親は応援してくれたが、これまで自分を否定したことのない母だけは全力で反対したと話す。それでも「決めたことは最終的に認めてくれる」「結果を出せば皆が喜ぶ」と信じ、やり切る気持ちがかえって強くなったと振り返る。

ゼロから始めた最初の事業

動画によると、退職後は2人でオンライン(Zoomなど)から立ち上げ、1〜2か月後にシェアオフィスを借りて毎日顔を合わせるようになり、「自分でやっているんだ」という実感が湧いたという。共同経営者は大手金融機関を経て個人事業をしていた人物で、互いに前職の資産がないゼロからのスタートだったと語る。

最初に手がけたのは、知り合い同士をつなぐ仲介のような事業。前職の顧客と独立した知人を結びつけ、間に入る形だったという。ただ、品質を自分の責任で担保できないこと、何かあっても間に挟まれて動けないことに違和感を覚え、「責任を持てないものを売るのは違う」と感じたと振り返る。有給消化期間中から話を進めていたため、最初から売上は立っていたといい、石橋を叩くタイプとして堅実に進めたと語る。

集客と採用の「勝ちパターン」

動画によると、補助金事業はパートナー営業の核となる組織を作れている点が強みで、加えて「どんな手を使ってでも結果を出す新規開拓部隊」を自社で育てつつ、SNSなどでインバウンドの集客にも力を入れているという。能力以外のところで人や仕事が集まる仕組みを作れれば何でも勝てるのではないか、と語る。

一方で、香水も補助金も広告をほぼ回しておらず、「お金をかければ伸び代がある中で、かけずに今の規模に達している」と自負する。今後利益が出れば広告にも投資できるのが楽しみだと話す。採用はリファラル(紹介)が中心で、人材紹介・派遣・中途採用も組み合わせているが、紹介が自分由来に偏っている点を今後の課題に挙げ、人事のSNS(TikTokなど)にも注力していると語る。

仲間への思いと経営観

動画によると、林田さんは仲間を巻き込んで経営しているため、会社の売却やIPOはあまり考えていないという。自分の責任の中で大切な人たちを守れる状態をまず作りたい、という思いを語る。常にプレッシャーを背負っているので怠けることはなく、仲間や従業員の存在こそがサボらない理由だと話す。

経営者として意識しているのは「トップに立つ人間が、世の中が何を起点に動いているかをキャッチアップすること」。経営者コミュニティで、価値の重心が売上規模から個人の影響力へと移っていると感じたといい、自社や従業員が取りに行くべきものは何かを常に探し、間違った方向に進まないよう導く必要があると語る。当面の一番の目標は「会社がずっと継続できる強固な組織をつくり、仲間や従業員が生き生きと働ける状態を守ること」だと話す。

視聴者へのメッセージ

動画によると、林田さんが最も伝えたいのは「行動すること、早くやること」。人生で唯一の後悔は「起業のタイミングをあと3年早められたら」ということで、戻らない時間だからこそ早く動いたほうがいいと語る。大きなことを目指すなら、人を裏切らず誠実に事業をやっていくことが重要だとも話す。

身近な家族を亡くした経験から、「お金で守れるものの大きさ」を痛感したとも振り返り、お金そのものより、それを持つ人がどう人と接し、どんな世界観を持つかが大切だという考えを示す。

まとめ

動画では、補助金支援という堅実な収益基盤を核にしながら、香水という意外性のある新規事業へ大胆に展開する林田さんの姿が描かれる。学生時代の組織づくりの原体験、誠実さへのこだわり、そして仲間とともに会社を継続させたいという思いが、一貫して語られた回となっている。

本編

インタビューの全編は、ページ下部の「動画で見る」からご覧いただけます。固有名詞・数値を含め、正確な内容は本編でご確認ください。