ウェブアイディアと伊藤裕也さん

株式会社ウェブアイディアの代表・伊藤裕也さんが登場する回。動画では、シンプルで低価格なホームページ制作のしくみ、Instagramを軸にした集客、19歳から始まった営業人生、自宅でのテレアポから会社を立ち上げた泥臭い創業期、そして外注トラブルなどの苦境から得た学びまで、詳しく語られる。動画によると2021年創業で5年目、大阪・本町を拠点にしているという。

事業 — 「どんなに高くても低価格」のホームページ制作

動画によると、Web制作会社は総額が高くなりがちで、数百万円規模になることも珍しくないという。そうしたなかで同社は、できるだけ価格を抑えて提供する方針を掲げていると語る。かつては建設業に特化することも考えたが、さまざまな業種から問い合わせがあるため、現在は業種を絞らず、お菓子教室など幅広い分野の制作を手がけていると話す。

料金は、ショットの制作費に加えて、月額のサーバー管理費・ドメイン費をそれぞれの顧客から受け取る形だと説明する。競合が多い業界のなかで「どうすれば選んでもらえるか」を常に試行錯誤していると語る。動画によると、これまでの顧客は累計500社以上にのぼるという。

Instagramを軸にした集客

動画によると、制作実績はInstagramのアカウントに数多く掲載しており、そこからDMで問い合わせをもらい、提案につながることが多いという。広告ではなくオーガニックでの運用が中心で、実績が増えてきた手応えを語る。あわせて、自社からホームページ制作を提案することもあると話し、今後さらにSNSに力を入れたいと語る。

働きやすさへの投資

動画によると、伊藤さんは「ゴリゴリに数字を追う」スタンスをあえて避けているという。数字に追われるプレッシャーや上司に詰められるようなつらさを最低限に抑え、社員が働きやすい「いい会社」を作りたいという思いを語る。その一環として、事務所には700万円近くを投じ、社員の働きやすさやモチベーションに「ここで勝負したい」と投資したと話す。

経歴 — 19歳から始まった営業人生

動画によると、伊藤さんは19歳の4月から営業の世界に入ったという。さまざまなストレスを抱えながらも「営業とは何か」を学び、現在28歳になるまで営業一筋で歩んできたと振り返る。最初に稼いだ経験は高校時代のテレアポのアルバイトで、金額そのものより「初めて自分でお金を稼げた」幸福感が大きかったと語る。

嵐山の旅館から営業会社へ

動画によると、高校卒業後はまず京都・嵐山の旅館で仲居のような仕事を1年間務め、難しい料理名を覚えながら朝4時半起き・帰宅23時という働き方をしていたという。手取りは月14万円ほどで、「もっと稼ぎたい、爪痕を残したい」という思いから営業の道へ進んだと語る。転職した営業会社では、19歳ながらトップ級の成績を出し、飲食店やサービス業のオーナー向けに集客システムなどの無形商材を販売。テレアポ・アウトバウンドで鍛えられたと振り返る。その後、先輩の紹介でより条件のよい会社へ移り、営業経験をさらに積んだという。

独立の決断

動画によると、独立したいという気持ちは21歳ごろから芽生えていたという。仕事柄さまざまな経営者と話すなかで「リスクを踏んでチャレンジしたほうが稼げる」という言葉に刺激を受け、「人生一度きり、失敗してもいい」という思いで24歳のときに独立を決めたと語る。

独立を考えたとき、家族や友人、パートナーには一切相談しなかったという。「うまくいっていないらしい」と言われるのが嫌で、すべて自分で決めて始めたと話す。最大の不安はお金だったが、「独立したい気持ちは変わらない」と自分の背中を押してスタートしたと振り返る。

起業1日目 — 自宅のテレアポから

動画によると、創業当初は大阪・桜川の1LDKの自宅(寝室)に、ネット通販で買った数千円の机と椅子を置いてスタートしたという。初日からひたすらテレアポをし、ネットの求人媒体などから番号を集めてリストを作り、ホームページを持っていない新規の事業者に営業をかけたと語る。リスト集めには自信があったという。

自宅で1年半ほど個人事業主(開業届)として一人で活動。壁に時間割を貼って「この時間は集中、この10分は休む」と自分を律し、朝9時から19時までテレアポ、不安を消すために夜中まで働き続けたと振り返る。「時間を仕事に追いやすことが、不安から逃れる唯一の手段だった」と語る。

泥臭い積み重ねと初めての顧客

動画によると、料金はまとまった金額を一括で受け取るのではなく、毎月の振込・分割で受け取る形にしていたという。1万円ほどのサービスを月に数件ずつ積み重ね、少しずつ「ご飯が食べられる」状態に近づけていったと語る。なかには支払いが滞る顧客もいて苦労したという。バイトはせず貯金を切り崩しながらの日々で、安いカレーで食いつないだ時期もあったと振り返る。

初めての顧客は、兵庫・西宮の建設系の社長だったという。「一人でやっていて、制作実績もゼロ」という状態から「応援したい」と言ってもらえ、初めて売上が立ったときは本当に嬉しかったと語る。実績やお金ではなく、誠実さが伝わって信用を勝ち取れたのではないかと振り返る。

苦境 — 外注トラブルから学んだこと

動画によると、創業当初は外注先を使っており、あるとき4件分の制作費(計約50万円)を先払いした相手と突然連絡が取れなくなったという。その外注先がドメイン(ホームページの住所にあたるもの)の管理権限も持っていたため、ホームページが消えてしまいかねない危機に陥ったと振り返る。個人事業主にとって50万円は大きく、痛手だったと語る。

このとき、顧客一人ひとりに事情を説明してドメインを変更し、費用は自社で負担して何とか収めたという。契約書を交わしていなかった反省から、リーガルチェックや決済方法の整備など「やるべきことの大切さ」を学んだと語る。

軌道に乗るまで、そして採用

動画によると、月額制で顧客が増え、当時およそ100件・月1万円ほどが毎月入ってくる状態になったとき「行けるぞ」と手応えを感じたという。これを「心のお守り」と表現し、そこから初めて従業員を採用し始めたと語る。採用は、元の仕事の繋がりや紹介が半分、求人媒体が半分ほど。1人目・2人目は前職で一緒だった営業仲間で、「ちょっとうちでやってみないか」と声をかけて加わってもらったという。資金面では、カツカツになったことはないものの「キャッシュはあるに越したことはない」と考え、信用金庫からの借入や創業融資も活用したと話す。支払い遅延だけは徹底して避けてきたと語る。

経営観と今後の展望

動画によると、伊藤さんは「会社にいなくてもまとめてくれる人を何人も作る」=自分の分身を作る組織化にフォーカスしているという。社長が現場を抜けられないと従業員の給料は上がらない、という考えから、責任を持って動く従業員が相応の対価を得られる組織を作っていきたいと語る。満足度は「100のうち3〜5」とまだまだで、やり手の経営者を見てきたぶん「どうすれば業界で知名度のある会社になれるか」を日々考えているという。今後はWeb制作の知見を生かし、介護系や転職系のサイト運営など、新たなジャンルへの参入も視野に入れていると語る。

生い立ち — 困難を経た歩み

動画によると、伊藤さんは鳥取県の出身。幼少期は児童養護施設で育ち、人が怖かった時期もあったという。困難な環境を経てきたからこそ、人の痛みが分かるのではないか——インタビュアーはその人柄をそう受け止めている。学生時代は小学校でサッカー、中学・高校では陸上に取り組んだと振り返る。

視聴者へのメッセージ

動画によると、伊藤さんは「とにかくチャレンジしてみること」を勧める。24歳で独立したときは不安しかなかったが、やってみて分かることのほうが多いと語る。怖さから逃げるのではなく、なぜ独立したいのかをしっかり考え、未来と戦略を描いたうえで挑戦するのがよい、というメッセージを残している。

まとめ

動画では、低価格のホームページ制作という分かりやすい事業の裏にある、19歳からの営業経験、自宅テレアポでの泥臭い創業、外注トラブルからの学び、そして「働きやすい会社を作りたい」という思いが丁寧に描かれる。誠実さで信用を積み重ねてきた伊藤さんの歩みが伝わる回となっている。

本編

インタビューの全編は、ページ下部の「動画で見る」からご覧いただけます。