TORECO と大貫康喬さん

株式会社TORECOの大貫康喬さんが登場する回。動画では、住宅向けの工事業(給湯器やテレビアンテナ等)を約10年手がけつつ、2年ほど前から「ノリと勢いで」始めたというトレーディングカード事業に込めた発想、工事業の独特な勝ちパターン、学生起業からの歩み、そして絶望からの再起まで、幅広く語られる。

二本柱 — 工事業とトレカ事業

動画によると、工事業はおよそ10名で数億円規模(動画によると2〜3億円)を担うが、利益はあまり残らず、その多くをトレカ事業に投じているという。トレカ側は短期の売上づくりより「文化を掘りに行く」ことを優先していると語る。いわゆるJカーブを覚悟した投資フェーズだと話す。大貫さんは「トレカも工事も絶望も」の三つのテーマで日本を盛り上げたいと語る。

トレカ事業に込めた発想

動画によると、大貫さんはもともと広告業で月1,000万円規模の広告費を使っており、その費用の多くが日本から海外のプラットフォームへ流れることに問題意識を持っていたという。40歳の節目に「自らプロダクトを作りたい」「世界に持っていける事業がしたい」という思いが重なり、トレカ事業を着想したと語る。ヒントにしたのは、広告を打たなくても人が集まる神社の御朱印のような「コレクション文化」で、これをさまざまなジャンルに広げたら面白いのではないかと話す。

「文化をつくる」という覚悟

動画によると、大貫さんは「1,000万円の売上で終わるか、100億に行くか。中間はない」という覚悟で取り組んでいるという。工事業の方が堅実に儲かると認めつつ、「一度の人生、自己満足でもこういうものを世に出せたら嬉しく死ねる」と前向きに語る。トレカが新しい広告手段や文化になる可能性に賭けていると話す。

トレカ事業の現在地 — 温泉施設から

動画によると、現在はまず温泉施設などをカテゴリーに定めてトレカ化を進めており、関連する施設は数千規模にのぼるという。「あなたの施設をトレーディングカードにしませんか」という提案は連想がしやすく接触率が高いため、リード獲得ツールとしても優秀だと語る。前例のない事業で2年ほど試行錯誤したが、ようやく方向性が見えてきたという。集めたカードはアプリに格納してランキングやポイントを楽しめる仕組みで、日本の歴史・文化・自然を巡るきっかけにしたいと話す。

新展開「ショップトレコ」

動画によると、トレカは製造コストが高く安価に広げにくいため、名刺・ショップカード型の「ショップトレコ」という新プロダクトを始めるという。アプリに紐づけ、顔の見える名刺として「単純接触効果」を狙うもので、希望者には100枚を無料で配布し、追加は100枚3300円ほどを想定しているという。販売ではなく配布してもらうことでアプリのダウンロードにつなげる狙いで、イベントに呼ばれたい個人事業主などに向くと語る。

工事業の勝ちパターン — 「困っている人はチャンス」

動画によると、工事業の集客の勝ち筋は「断らない」「お金のことを先に言わない」ことだという。取引先や顧客が困っている状況こそチャンスで、たとえば遠方で工事業者が見つからず困っている依頼に、その場から何時間もかけて駆けつけたこともあるという。高速代やガソリン代は安いもので、完璧な仕事をやり遂げれば感謝され、信頼につながると語る。法人にファンとして向き合う「BtoF」的な姿勢で、ときに少額の修理を無償で済ませて従業員に怒られることもあるといい、「経営には向いていないかもしれないが、人が喜ぶのが嬉しい」と語る。

経歴 — 学生起業への憧れ

動画によると、大貫さんは大学を出てすぐ起業したという。学生時代に当時勢いのあった起業家に憧れ、関連書籍を読み漁ったといい、「朝が弱くて午前中は寝ていたい」という思いも起業の動機の半分だったと笑う。学生起業家のインターン企画で群馬の代表に選ばれた経験もあり、当時から「少し遅れを取っている」という焦りもあったと振り返る。

生い立ち — 群馬で

動画によると、大貫さんは群馬県の出身で、父が水産卸の会社を経営していたため、子どもの頃は裕福だと思っていたという。母は厳しく、合理的な理由付きの細かなルールが家中に張り出されていたといい、姉と妹に挟まれた真ん中で育った。価格を徹底的に調べてから物を買うなど、「熱中すると徹底的にやる」性格は当時からだったと語る。学生時代は中学までサッカー、高校からフットサルに打ち込み、中学から父の仕事の手伝いもしていたという。

最初の起業 — ラーメン屋と「経営」の発見

動画によると、最初の起業はラーメン屋だったという。自分が休んでいても店長やアルバイトが店を回して売上を作ってくれる——「人が自分の給料を稼いでくれている」という感覚に経営の本質を感じたと振り返る。当初は行列ができ「天才かも」と思ったが、地方の新店はオープン時が売上のピークで下がりやすいこと、売掛仕入れでのキャッシュフローを理解せず使いすぎたことなどから苦境に陥ったという。一時は最大10店舗ほどまで広げ、内装やメニューまで自分で手作りする「器用貧乏」ぶりも語られる。

融資をめぐるエピソード

動画によると、ラーメン屋の創業時は融資300万円を受けたが、社会人経験も担保もなく一度は断られたという。同じ信用金庫の別の支店に当たってみたところ、そこで融資が下りたといい、しかも、夜中まで自分で店の工事をしている姿をたまたま通勤途中の支店長が見ていたことが、決め手の一つになったと振り返る。「誰も見ていないところでの姿勢が見られていた」というエピソードだと紹介される。

絶望 — 多額の負債を背負って

動画によると、大貫さんは過去に、家族の事情で多額の負債の連帯保証を引き継ぎ、自身も自己破産を経験したという(会社の売却も経験している)。当時の自分の事業ではとても立ち行かない金額だったと振り返りつつ、大学まで出してもらった恩も踏まえ「これも経験」と受け止めていると語る。こうした経験をあえて発信することで、二度三度の挑戦で再起できる人が増え、日本が盛り上がればという思いを話す。

仲間・働き方と経営観

動画によると、大貫さんは求人をあまり行わず、友人やその紹介など「身内」を中心にアットホームに組織を作っているという。子どもが小さく、現在は工事を主体に移動中のリモート会議をこなす日々で、休みの概念はあまりないと語る。経営者として意識しているのは「自分が何者か」を見極めること。成功者のコピーではなく、自分の性格やキャパシティに合った経営スタイルを大切にしているという。スケールは自分中心ではできないと自覚し、権限をスタッフに任せていると話す。

視聴者へのメッセージ

動画によると、大貫さんは「一度の人生、エンドは決まっている。その中で何をして死ぬか」と語る。起業がすべてとは思わず、無理に起業する必要はないとしつつ、「起業したいけれど怖くてできない人」に向けては、失敗してもまた挑戦できることを自分の歩みで示したいという。成功者に引っ張られて起業する人もいるが、「失敗しても今ハッピーな人」を見て勇気をもらえる——そんな存在になれたら嬉しいと語る。実際に、その姿を見たスタッフが独立を決意したエピソードも紹介される。

まとめ

動画では、工事業という堅実な基盤の上で、トレカという文化づくりに大胆に挑む大貫さんの姿が描かれる。「困っている人はチャンス」という工事業の哲学、ラーメン屋での原体験、そして絶望からの再起と「負の側でも前を向く」発信への思いが伝わる回となっている。

本編

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