S2 と濵田直樹さん
株式会社S2の濵田直樹さんが登場する回。動画では、警備業を主事業とする会社の中身、建設会社と警備会社を相手にしたビジネスモデル、作家を夢見た青年時代、警備のアルバイトから資格を取って独立した歩み、一度の挫折からの再起まで、幅広く語られる。本社は東京・笹塚にあるという。
事業 — 交通誘導を中心とした警備業
動画によると、売上の約9割は工事現場などでの交通誘導警備で、残りが施設警備・イベント警備・公共施設の警備だという。大手警備会社や、警備会社を自社グループに抱える大企業がいる一方、同社は中小企業や工事系の警備で地道に営業して伸びてきたと語る。
規模と組織
動画によると、売上は20億円規模、登録スタッフは約700名だという。警備員は研修・登録を経ないと現場に入れないため、平日の稼働はおよそ400〜500名規模になると説明する。
ビジネスモデル — 建設会社と警備会社
動画によると、メインの顧客は建設会社だという。建設会社が工事の際に警察へ「道路使用許可」を取る、その交通誘導警備を担う形で、テレアポ・訪問で新規開拓し、既存顧客のリピートも多いと語る。仕事の7割ほどは元請けからだが、建設会社直の取引は景気の影響で支払いが滞ることもある一方、警備会社同士(下請け)の仕事は「社長同士で気持ちが分かる」ため支払いが堅く、利益は減るが安心して受けられると話す。堅い部分は堅く確保しておくという考えを語る。
作家を夢見た青年時代
動画によると、濵田さんは大学・浪人の頃から本を読むのが好きで、人とあまり関わらないなか、本の主人公の生き方に助けられた経験から作家を志した時期があったという。「就職したら作家になれない」と思い込み、就職せずに警備のアルバイトを始めたことが現在につながったと振り返る。
生い立ち — 東京・羽村で
動画によると、濵田さんは東京・多摩地区の羽村市の生まれで、高校まで地元で過ごしたという。5人きょうだいの末っ子で、年の離れたきょうだいに囲まれて育ったと話す。父母ともに真面目で、長い通勤時間をかけて都心へ通っていた姿が印象に残っているという。中学では強豪の卓球部に所属し、厳しい指導のなかで一人の時間が増えていったと振り返る。高校時代に人間関係で悩んだことが、本を好きになるきっかけにもなったと語る。
警備の道へ — アルバイトから資格取得まで
動画によると、大学卒業後、親の世話にはなれないとアルバイトを始めたのが警備業との出会いだったという。最初は施設警備で、入り口にひたすらまっすぐ立ち続ける仕事に、最初の1〜2日は体が慣れず時間がなかなか経たなかったと振り返る。20代の数年は現場でアルバイトとして働き、夜勤もこなして稼ぎ、やがて声をかけられて内勤で人の手配を学び、警備会社をつくるのに必要な「指導教育責任者」の資格も取得。29〜30歳で独立に至ったという。
独立の決断
動画によると、独立は「やばいから」というより、人手不足の時代に昼夜を問わず警備を頑張るなかで、勤め先の社長との関係が悪くなったことが大きかったという。「最悪、自分一人だけでも警備をやればいい」という気持ちで踏み出したと語る。独立の資金は、5人を育てながらも自分のために結婚資金を貯めてくれていた両親に「結婚はしないが独立に使わせてほしい」と頼んで用意したといい、資本金は400万円ほどだったと振り返る。
起業の準備と最初の事業
動画によると、警備業は認定が必要で、会社登記後に警察へ書類を出し、認定が下りるまで40日ほどかかるため、その間は別の警備会社でアルバイトをしていたという。認定後は、人手不足の時代を逆手に取り、前職で培った「人手の足りない警備会社に電話をかける」ノウハウを生かして自分一人分の仕事をもらい、求人媒体で相場より少し高め・日払いで人を集めて仕事を振る——元請け・下請けの協力関係づくりから始めたと語る。当初は自分も現場に出ていたという。
創業期のキャッシュフロー
動画によると、警備のキャッシュフローは入金が後になりがちで、日払いだと最初の2か月ほどは立替が必要なため、自分も現場に入らないと資金が回らなかったという。手元資金が少なく、足りるかを計算しながらの日々で、ときに家族に頭を下げて借りたり、金融機関から借り入れたりして乗り切ったと振り返る。
一度の挫折と「S2」での再起
動画によると、濵田さんは現在の会社の前に一度、会社をたたんだ経験があるという。研修などをきっちり行わずに進めた結果、2社目が1年ほどで営業停止になり、金銭面・人間関係でも厳しいトラブルに見舞われたと振り返る(第三者に関する具体的な描写は編集部の判断で控えています)。「確かに自分も悪かったが、人手不足で困る業者のためにと動いていた面もあった」と悔しさをにじませつつ、「次はちゃんとやって見返す」と立ち上げたのが現在の株式会社S2だという。最初の研修は専任者に任せ、自分は営業に専念する——と役割を分けたことで軌道に乗り、2〜3年目には資金的にも落ち着いたと語る。
社名「S2」の由来
動画によると、社名の「S2(エスツー)」は、最初に付けようとした名前がネット上に同名企業が多かったため読み方を変えたものだという。1社目が長い社名で書類記入が大変だったことから、シンプルにしたいと考え、「S」と「2」でハートのようなロゴも作れることから決めたと語る。
採用・働き方と経営観
動画によると、メンバーは求人媒体(タウンワーク・Indeedなど)や、前職からついてきた人、紹介で集めているという。紹介で入った人は定着しやすい一方、新規は数日で辞める人も多いと話す。日々は朝一の現場トラブル対応に始まり、打ち合わせや電話が絶えないといい、プレイングマネージャーの「プレイ」を減らして経営に集中することが最重要の課題だと語る。経営者コミュニティのSNSなどから学びつつ、仕組み化を進めたいという。仕事や人生には「満足していない」と率直に話す。
視聴者へのメッセージ
動画によると、濵田さんは「今の職場が楽しいなら続ければいい」としつつ、「自分は社長や会社との関係が良くなかったからこそ独立できた面もある。困っていたり悩んでいたりするなら、逆にそれが独立のチャンスかもしれない」と語る。会社の目標は「周りの人に安心して、少しでも楽しく働いてもらうこと」で、そのために利益をしっかり出していきたいと話す。
まとめ
動画では、交通誘導を軸とした警備業の中身、作家を夢見た青年が警備の道で資格を取り独立するまでの歩み、そして一度の挫折を経て「安心して働ける職場」を目指す再起の物語が描かれる。痛みを知るからこそ人に優しくできる——という濵田さんの人柄が伝わる回となっている。
本編
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