Raylice と篠崎沙織さん

株式会社Raylice の篠崎沙織さんが登場する回。動画では、ネイル・まつ毛・眉毛・エステの美容サロンの多店舗運営とその戦略的な仕組みづくり、美容師時代のチラシ配りで培った数字感覚、出産・離婚を経た自宅サロンからの歩み、そして「働きやすい職場」へ舵を切った転機まで、女性経営者としての歩みが幅広く語られる。

事業 — 美容サロンの多店舗運営

動画によると、篠崎さんはネイル・まつ毛・眉毛・エステのサロンを展開し、撮影時点で3店舗目を始めた段階だという。営業時間を短く、日曜を休みにするなど稼働を絞りながら(月平均22日ほど)、少人数(スタッフ5名ほど)で複数店舗を回していると語る。年商は5000万円弱規模(主に2店舗)。千葉と東京・葛飾に店舗があり、都内中心部より家賃を抑えられる立地で利益が残りやすいと話す。

戦略的な仕組みづくり

動画によると、あまり知られていない強みは「かなり戦略的に事業の仕組みを作っている」点だという。オープン前に予約で席を埋めておく、数字を細かくシートで分析するなど、データに基づく運営を徹底していると語る。こうしたノウハウは講演やYouTubeを通じて同業者にも伝えており、周囲からは忙しそうに見られるが、仕組みができている今はむしろ自分の自由な時間を使えていると話す。

生い立ち — 「どうやったら」を問い続けた10代

動画によると、篠崎さんは東京・葛飾の出身で、子どもの頃はおとなしく、とても厳しい家庭で育ったという。近所が親戚ばかりで、一人で電車に乗ったのは高校生になってから——というほど守られた環境で、与えられるものはあったが「自分を生かせていない」もどかしさを抱えていたと振り返る。勉強で成果を出せば自分の思いが通るのではないかと考え、幼い頃から学業に打ち込んだといい、その「どうやったら叶うか」を問い続けた経験が、今の戦略的な経営に生きていると語る。母から「しつこい」と言われた粘り強さも、今に通じているという。

美容師時代 — チラシ配りで培った「数字感覚」

動画によると、大学への進学が決まっていたが進路に疑問を抱いて美容の専門学校へ進み、最初の就職先は美容室だったという。入社1年目はチラシ配り・シャンプー・掃除などが中心で、人通りの多い駅で1日に最大700枚配ったこともあると振り返る。社内のチラシ配りコンテストで成果を競うなかで、「どれだけ配ればどれだけ反応が来るか」という体感を磨き、これが今の数字に強い経営につながったと語る。美容師の仕事自体は大好きだったが、体調を崩したことなどから10か月ほどで離れたという。専門学校ではネイルやまつ毛なども学んでいた。

出産・離婚を経て自宅サロンへ

動画によると、その後は出産・子育てを経験し、数年は専業主婦だったという。離婚をきっかけに「自分で生きていく」ことを決意し、1年ほどかけて何で生きていくかを考えた末、自宅サロン(ネイルなど)を始めたと語る。腰のヘルニアを患った経験から「1対1の施術を一人で続けるのは難しい」と感じ、仲間と働ける形を志向するようになったという。

仲間との出発 — ママ友との11年

動画によると、転機になったのは、小学校でママ友がネイルスクールの講師をしていると知り、「一緒に働きませんか」と声をかけたこと。その人は11年たった今も一緒に働いており、後に美容師免許も取得。ネイルとまつ毛(アイラッシュ)のサロンとして2店舗目を任せられるようになったという。

最初の顧客が教えてくれたこと

動画によると、経験の浅い見習いの頃、難しい「長さ出し」を頼まれて断れず、「時間がかかりますが大丈夫ですか」と確認して引き受けたところ、5時間以上かかったという。「もう来てもらえない」と思ったが、その客はずっと通ってくれた。理由を尋ねると「すごく一生懸命だから、この子にやってもらいたい」と言われ、「できないことでも一生懸命やればお客様は喜んでくれる」と気づいたと振り返る。この学びを今もスタッフに伝えているという。

転機 — 「働きやすい職場」へ舵を切る

動画によると、最も苦しかったのは、子育てとの両立に悩んだ時期だという(学校から厳しい言葉をかけられたこともあったと振り返るが、詳細は控えています)。同じ頃、スタッフの妊娠・出産による離職が相次ぎ、複数店舗を一人で回す状況にも陥った。自分の仕事と子育てが両立できていない様子がスタッフの「戻ってきたくない」要因になっていると気づき、日曜休み・18時終わりで保育園の迎えに行けるようにする、単価を上げる——といった経営方針を初めて戦略的に考えたという。子育てとスタッフの離職という課題が、数字と戦略への意識を一変させたと語る。

コロナ禍と「経営する意味」

動画によると、コロナ禍では一度は事業をやめようと思ったが、子どもから「仕事をしているママが楽しそうだから、やった方がいい」と言われたこと、店長候補のスタッフが「給料はいらないので続けましょう」と支えてくれたこと、そして顧客から公式LINEに「待っているから頑張って」とメッセージが届いたことで、「経営する意味」が強まったと語る。

ママさん雇用という文化

動画によると、篠崎さんは「これから産みたい人」ではなく「産んだ人」を採用する方針に切り替えたという。2店舗目の店長は2児の母で、ネイル・まつ毛・エステまで一通りこなす“ロールモデル”。子どもが熱を出して早退する際もチームで快くカバーするなど、「戻ってくる場所をつくる」文化を大切にしていると語る。チームで働くほうが顧客にとってもキャンセルが減り、長期的に働きやすいと話す。

採用とブランディング

動画によると、採用では公式Instagramで「なぜこういう働き方をしているか」を発信しており、それに共感した人が集まるため離職率はかなり低いという。「長く働いてきた人」「子育てに理解のない職場で苦労した人」などに向けたメッセージが響き、条件で釣るのではなく会社の方針やビジョンに共感して来てくれるのが強みだと語る。一方で、定着するぶん技術者の年齢が上がり、次のキャリアを描くことが今後の課題だとも話す。

健康へのこだわりと資金

動画によると、美容師時代に体調を崩したトラウマから、従業員の健康を強く意識しており、店舗では壁紙の揮発性物質を除去するなど環境づくりにもこだわっているという。資金面では、コロナ禍の借入をきっかけに「黒字化して返済する」という経営の知識を学び、実績を重ねることで銀行から声がかかるようになったと語る。新店を千葉に出したのも、東京の銀行だけでなく地域の銀行との関係を築くことが、今後のスケールに有利だと考えたからだという。

経営観・働き方・展望

動画によると、篠崎さんは「仕事が大好き」だといい、「この大好きな仕事を死ぬまで続けたい」「80歳になっても、この仕事を素敵だと思う人を一人でも増やせたら」と語る。日々は千葉の店舗を中心に、経営の学びにも時間を充てる。隣に住む母と家事を分担し、子どもの食事を大切にしながら両立しているという。今後は、店舗運営や採用のノウハウを同業者に伝える取り組み(現在は無料のオンライン相談)にも力を入れたいと話す。

視聴者へのメッセージ

動画によると、篠崎さんは「目の前の大切な人を守りながら事業を伸ばすのは本当に大変」だと語る。副業可の会社も多いので、勤めながらある程度準備をしてから起業したほうがよい、そして一人で頑張りきれないからこそ「時に戻れるいい環境」に身を置いたほうがよい、と自身の経験を踏まえて呼びかける。

まとめ

動画では、戦略的な仕組みで美容サロンを伸ばす手腕に加え、チラシ配りで培った数字感覚、出産・離婚を経た再起、そして「働きやすい職場」をつくる文化づくりが描かれる。仕事への深い愛と、ともに働く仲間を大切にする篠崎さんの姿勢が伝わる回となっている。

本編

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