BISCUSSホールディングスと森屋和紀さん

BISCUSSホールディングス株式会社の森屋和紀さんが登場する回。動画では、医療・介護分野を中心に幅広く手がけるホールディングス経営の規模感、「全て訪問」で広がる独自のビジネスモデル、沖縄での貧しい少年時代から接骨院を経て起業に至った歩み、そして多角化と組織づくりの考え方まで、幅広く語られる。

事業 — 「全て訪問」で広がる医療・介護

動画によると、グループは介護施設や老人ホーム、クリニック・歯科・薬局など、医療・介護分野をほとんど全て手がけ、今年からは建設・不動産にも事業を広げているという。ビジネスモデルの核は「訪問」で、老人ホームという“箱”を出し、そこにいる利用者に訪問介護を提供。さらに訪問診療・訪問歯科・訪問薬局を紐づけることで、利用者がいるほど自動的に顧客が増えていく仕組みだと説明する。創業からずっと増収増益が続いていると語る。タイトルにある「営業ゼロで売上100億」というテーマも、この仕組みに支えられていると本編で語られている。

規模(動画での発言)

動画によると、グループの売上は100億円を超える規模、従業員はおよそ1,300〜1,800名規模だという(発言には時点によるゆれがあり、正確な数値は本編・公式情報をご確認ください)。役員は高級車に乗り、森屋さん自身は運転手付きで移動することが多く、自宅に複数台あるものの、車そのものへの興味は薄れてきたと語る。

生い立ち — 沖縄で、貧しさをバネに

動画によると、森屋さんは沖縄の出身で、姉2人の3人きょうだいの末っ子だという。家庭は経済的に厳しく、周囲が親に何でもしてもらえるなかで「自分はなぜ困難なのか」と感じ、「いつか必ずお金持ちになりたい」と思ったことが原動力になったと振り返る。両親は「のんびりと今を生きる」タイプだったという。学生時代はテニスに打ち込み、高校時代のアルバイト面接にはなかなか通らなかったと笑って話す。初めて稼いだのは高校時代のアンケート調査のアルバイトだったという。

接骨院から起業へ

動画によると、森屋さんは整骨(接骨)の専門学校で学んだのち、接骨院を運営する会社に就職し、早くから院長を任されたという。専門学校では知識を学ぶが実務は働きながら覚えるもので、卒業してすぐ「給料100万円ほしい」と社長に言いに行ったというエピソードも明かす。転職はせず、20歳前後から28歳までその一社で働きつつ、21歳頃からは自分でもマッサージ店を手がけていたという。当時の社長を超えたいという思いが独立の動機になり、28歳で本格的に起業したと語る。大阪に出たのは専門学校が大阪にあったためで、「沖縄にいたらダメになる」という思いもあったと話す。

起業 — 「訪問なら無限に増える」

動画によると、起業して最初に手がけたのは訪問の事業だったという。「店舗には売上の上限があるが、訪問なら無限に増やせる」という理屈からだと語る。起業初日は営業に出ていたといい、初めて現金(3000円ほど)を受け取った瞬間は写真を撮ったほど嬉しかったと振り返る。

創業期の苦労と仕組み化

動画によると、創業初期に最も苦労したのは資金繰りだったという。創業資金が予想以上にかかり、最初にハローワークで5〜6人を採用したことなどで固定費が圧迫したが、当時はキャッシュフローの概念も分かっていなかったと正直に語る。一方で、自分自身が現場をやり続ける発想はなく、「誰がやっても一定の数字を上げられる仕組み」を先に考えてから人を当てはめていく——という思考で組み立てていったという。

軌道に乗った転機 — 財務の勉強

動画によると、事業が大きく回り始めたのは起業5年目ごろ。財務や経営を本格的に勉強し、ちょうど同じ頃に銀行からのファイナンス(デット)が受けられるようになったという。それまでは一切借入をしておらず(できず)、財務諸表(BS)の見方が分かったことで一気に世界が広がったと語る。株式は100%自分で保有し、エクイティでの調達は避けてきたという。

多角化と「ダメならすぐやめる」

動画によると、森屋さんは「事業にあまりこだわりはなく、ビジネス自体が楽しい」といい、いいなと思ったらとりあえずやってみて、ダメならすぐやめるスタイルだと語る。例として、リユースのフランチャイズ(初期費用1000万円ほど)に挑戦して3か月で撤退したことを挙げ、集客チャネルが限られ収益が安定しなかったため、リソースを別に注ぐ判断をしたと振り返る。会社の売却(イグジット)も当初は考えたが、「どうせまた投資する」ので今は考えていないという。

人と組織 — 100億の壁を感じなかった

動画によると、創業から役職者がほとんど辞めていないといい、「人が人を連れてくる」形で自然に組織が広がってきたという。役職者の2〜3割はリファラル(紹介)で、一般の従業員は紹介業者を中心に、同業他社よりも採用コストをかけて集めていると語る。よく言われる「年商の壁」については、「100億円ほどまではビジネスを選定すれば誰でも到達できるはず」とし、これまで大きな壁を感じたことはなかったと話す。事務所は大阪・岸和田の自社ビルで、価値あるエリアの土地・ビルを選んで保有しているという。

ライフスタイルと経営観

動画によると、森屋さんは「自由人」で、朝10〜11時ごろに起き、打ち合わせがない日は会計ソフトを見たり電話をしたりして、筋トレに行くといった一日を過ごすという。これからは自分自身ももっと働きたいと、経営者コミュニティで刺激を受けていると語る。経営者として意識しているのは「自分だけのことを考えない」こと。周りの職員や役員がどうすればもっと良くなるかを考えて経営していると話す。仕事には「まだスタートライン」という感覚で、今がとても楽しいと語る。

視聴者へのメッセージ

動画によると、森屋さんは「働く場所に不満があったり、将来の夢やビジョンがある人は、起業が一番いい」と語る。自由にでき、自分の努力次第でどうとでも変わるからだという。グループでは「お金をたくさん稼ぎたい」という野望のある人を募集しており、一緒にビジネスプランを考えて挑戦していきたいと呼びかける。

まとめ

動画では、「全て訪問」で増収増益を続ける医療・介護のビジネスモデル、沖縄での貧しい少年時代をバネにした歩み、そして「ダメならすぐやめる」軽やかな多角化の姿勢が描かれる。負のオーラがなく明るい森屋さんの人柄が伝わる回となっている。

本編

インタビューの全編は、ページ下部の「動画で見る」からご覧いただけます。