Room Lab と伊藤弘一さん
Room Lab(ルームラボ)の伊藤弘一さんが登場する回。動画では、賃貸・売買・管理・買取再販に加え、民泊やホテル旅館業、カフェまで手がける総合不動産事業の中身、民泊運営のノウハウ、幼稚園教諭から不動産トップ営業を経て独立した歩み、コロナ禍という最大の試練、そして日本とシンガポールの二拠点生活まで、幅広く語られる。
事業 — 「利益にこだわる」総合不動産
動画によると、同社は賃貸・売買・管理・買取再販に加え、民泊・ホテル旅館業・カフェ事業まで手がける総合不動産だという。会社は3社ほどに分けて運営し、合わせて売上は5億円弱規模。とくに民泊・ホテル業は利益が残りやすいと語る。
伊藤さんは「売上が何百億あっても利益が少ない会社もある」として、売上の大きさより利益にこだわる考えを強調する。利益が出てこそ従業員に還元できるからだという。スタッフはアルバイトを含めて20名ほどで、今後さらに拡大していきたいと話す。
民泊・ホテル旅館業のしくみ
動画によると、宿泊事業には住宅宿泊事業法(民泊新法)とホテル旅館業などの区分があり、同社はホテル旅館業をメインにしているという。民泊新法は年の半分(約180日)しか営業できないのに対し、ホテル旅館業は365日運営できるぶん利益を上げやすい。ただし消防署や保健所の立ち入り検査(寝具や家具の配置、トイレの数、給排水・換気など細かい基準)があり、許可取得のハードルは高いと説明する。
とくに東京スカイツリー周辺のエリアは、成田・羽田の両空港から1本で来られ、浅草・上野・渋谷・銀座へも乗り換えなしというアクセスのよさから、外国人旅行者に人気で需要が高いと語る。2〜3か月ほどで免許を取得してオープンする人が多いという。
民泊運営を教えるスクール
動画によると、こうした免許取得・運営のノウハウを、月額制で学べる場として提供しているという(動画によると受講者は40名ほど、月額3万3000円)。X(旧Twitter)を通じて受講者を集めていると語る。かつては別の屋号で活動していたが、商標の都合で名称を変更したと話す。
民泊事業の収益モデル
動画によると、伊藤さんの手がけるスキームでは、1部屋あたりの売上はおよそ50万円で、家賃が20万円ほどの物件ならその差額が利益になるという。物件の取得や内装に300万〜350万円ほどかけても、おおむね1年半ほどで回収できる計算だと語る。一般的な不動産投資の利回り(回収に10〜20年)と比べて回収が早い点が魅力で、「なるべく小さく始めて利益を最大化してほしい」と、その考え方を語る。円安や日本の観光資源を背景に、インバウンド需要は今後も伸びると見ている。
買取再販への新規参入
動画によると、買取再販事業は地元の友人(大手で長く経験を積んだ人物)の参画をきっかけに、今年6月に始めたという。知識や銀行関係のつながりが必要で参入は容易ではなかったが、利益が残ってきたら人員も増やしたいと語る。
経歴 — 幼稚園教諭から不動産トップ営業へ
動画によると、伊藤さんは専門学校を経て21歳で幼稚園教諭になったのが人生初の就職だという。当時はまだ珍しかった男性保育士の先駆けとして、副担任から丸5年勤めた。やりがいはあったが「稼げなかった」ため、結婚を機に生活のために不動産会社へ転職したと振り返る。
全国展開する不動産売買会社(120店舗ほど、従業員1000人規模)で営業の上位に立ち、29歳ごろには最年少で東京スカイツリーエリアの新店出店を任されたという。100以上ある店舗のなかで常にベスト5〜10にランクインする店に育て上げ、不動産には通算13〜14年携わったと語る。
生い立ちと学生時代
動画によると、伊藤さんは東京・品川区の出身。「シティボーイ」のイメージとは違い、経済的に厳しい家庭で育ち、その「ハングリー精神」が今の原動力になっていると語る(家庭の事情は本人が語った範囲にとどめています)。
小学3年からサッカーを始め、小中高と続けた。中学では区の選抜に入り、プロサッカー選手を本気で目指して強豪校に進学。「水も飲むな」という厳しい環境を経験し、それが「人生で一番辛かったので、大体のことは辛くない」というルーツになったと振り返る。
独立 — 仲間とともに
動画によると、前職の不動産会社はほぼ独立採算のような形で、すべてを任され利益で給料を持ち帰る働き方だったため、「一度は挑戦したい」という思いから3年前に独立したという。独立とほとんど変わらない経験を積んでいたことが強みだったと語る。自分が店長だったときの2番手・3番手のメンバーがついてきてくれ、後に4番手・5番手も加わったといい、「大手で1000万円ほど稼げたのに、それを捨てて来てくれた」彼らを一生面倒みると決めていると話す。
起業初日と最初の売上
動画によると、起業当初は事務所を借りられるレベルでなく、築45年ほどのマンションの一室(2K、家賃9万円ほど)からスタートしたという。墨田区で17年も不動産をやってきてオーナーをよく知っていたため、登記や賃借を快諾してもらえ、固定費を安く抑えられたと語る(会社の登記は登記簿に名前を載せてよいかがオーナー次第で、断られることも多いので注意だと話す)。
最初の顧客は今でも覚えているといい、売買物件のカップルの引っ越しで、仲介手数料など合わせて約20万円が初めての売上だったと振り返る。
コロナ禍という最大の試練
動画によると、最も辛かったのはコロナ禍だという。外国人が水際対策で入国できなくなる一方、家賃は毎月発生し、当時は京都に300室・東京に50室ほどを運営していたため、半年で2000万円以上の赤字が出て「死ぬと思った」と語る。賃貸のため即時の解約はできず、補助も家賃の一部にとどまり追いつかなかった。終わりが見えないなか、最大350室ほどあった部屋を最終的に2部屋まで減らしたという。
300室規模の解約には違約金や原状回復、設置していた冷蔵庫など大量の設備の処分も伴い、金銭面だけでなくリソース面でも大変だったと振り返る。残した2部屋は、スカイツリーや花火が見えるルーフバルコニー付きの「一点物」で、解約すれば二度と借りられないと判断したものだという。
民泊再生と「諦めなかった」こと
動画によると、2022年末に水際対策が解除されると「絶対に戻ってくる」という自信のもと、2023年を「民泊再生元年」と位置づけて動いたという。実際にインバウンド客が戻り、第2次民泊ブームのような状況が生まれ、民泊で起業したい人も急増。2022〜23年で回復し、23〜24年で一気に伸びたと語る。「諦めなかったから今がある」と振り返る。
組織と資金
動画によると、起業時についてきた3人を起点に、仲間が仲間を呼ぶ形で「ファミリー」のように組織が広がってきたという。アルバイトから入って会社を見て正社員になる人も多く、入社した社員は3年間で一人も辞めていないと語る。資金面は、知識が乏しかったこともあり、ほぼ自己資金で回してきたが、買取再販の専門スタッフが加わったこともあり、近年は銀行借入の付き合いも始めたと話す。
二拠点生活(日本・シンガポール)
動画によると、伊藤さんは1年半ほど前にシンガポールへ移住し、日本と半々ほどの二拠点生活を送っているという。観光好きであることや、節税、海外展開の視察を兼ねた選択で、シンガポールにも法人を持つ。月のうち15〜20日前後をシンガポールで過ごし、午後はオンライン面談を入れたり、現地の起業家・経営者の集まりや勉強会に積極的に参加したりしているという。移動は大変だが、オン・オフの切り替えになり自分に合っていると語る。日本の拠点では、インバウンド向けの1棟旅館(上階が旅館、下階に事務所、1階にカフェバー)も運営していると話す。
経営観・今後の展望
動画によると、伊藤さんが経営者として意識しているのは「綺麗事抜きに利益にこだわる」こと。利益が残らなければ従業員を守れないからだという。仕事や人生には「満足していない」とし、人と関わるほど上には上がいると感じ、つい辛い道を選んでしまうと語る。今後は買取再販を新たな売上の柱に育てつつ、宿泊事業を「宿泊から体験へ」というテーマで発展させ、着物体験や送迎サービスなどを内製化し、滞在まるごとをサポートするコミュニティにしていきたいと展望を語る。
視聴者へのメッセージ
動画によると、伊藤さんは「動いたことに対して結果がついてくる。やるかやらないかで言えば、やってよかった」と語る。副業をやっていなければシンガポールにも行けず、会社も立ち上げられなかったといい、まず副業から始めて順調になったら起業すればいい、迷っているなら一歩踏み出してほしいとメッセージを送る。
まとめ
動画では、利益を徹底して重んじる総合不動産の中身、民泊・ホテル旅館業の具体的な収益モデル、幼稚園教諭からの転身、そしてコロナ禍を耐え抜いて民泊再生にこぎつけた歩みが描かれる。縁と人を大切にしてきた伊藤さんの経営姿勢が伝わる回となっている。
本編
インタビューの全編は、ページ下部の「動画で見る」からご覧いただけます。