ラ・フィールドコーポレーションと吉田浩さん
株式会社ラ・フィールドコーポレーションの吉田浩さんが登場する回。動画では、26年の銀行員時代を経て独立し、中小企業向けの財務コンサルティングを手がける事業の中身、「財務部長」として伴走するスタイル、独立に至った歩み、そして北海道での暮らしぶりまで、幅広く語られる。
事業 — 「財務部長」として伴走する財務コンサル
動画によると、吉田さんは6年前に地方銀行を退職して財務コンサルを始めたという。外部CFOのような立場ではなく、「財務部長」として顧問契約を結び、自ら銀行や税理士と打ち合わせ、社長に報告する——というスタイルが特徴だと説明する。「融資を受けたいから調達してほしい」という単発の依頼は受けず、長く伴走しながら、銀行融資の交渉や、格付けが高くなる財務づくりを支援すると語る。顧客はスタートアップから年商20〜30億円規模まで幅広いという。
「通訳」としての存在価値
動画によると、吉田さんは「銀行の常識と世間の非常識」「社長の常識と銀行の非常識」が噛み合わないことが、銀行取引がうまくいかない大きな原因だと指摘する。社長の思いを銀行員に、銀行の論理を社長に、それぞれ噛み砕いて伝える「通訳」のような役割こそ自身の存在価値だと語る。
戦略的な銀行取引
動画によると、まずメインバンクとの関係を確立し、サブバンクを作り、足りなければ3番目・4番目の銀行へとつないでいく——というように、銀行取引そのものを戦略的に設計しているという。
経歴 — 26年の銀行員時代
動画によると、吉田さんは平成5年に銀行へ入行。ワークライフバランスのない時代で、サービス残業が当たり前、平日は深夜まで働く日々だったが、仕事は面白かったと振り返る。入行当初は小さな支店の窓口・出納業務を担当し、機械化が進む前で、押し寄せる客の伝票をそろばんで計算しながら「満員電車のような」状態で働いた記憶が忘れられないという。学歴のなさで出世に苦労したが、悔しさをバネに同期で上位の位置まで上り詰めたと語る。
このままでいいのか — 合併が生んだ違和感
動画によると、転機は、地元の都市銀行の破綻に伴う合併だったという。複数行が一つになり、「4番目の銀行に就職したはずが1番目の大きな銀行になった」結果、お客様に向き合う仕事から「お客様を選ぶ」銀行へと変わってしまったことに納得がいかず、モヤモヤを抱えたと振り返る。「今やっているのは、最初に入った4番目の銀行にいた頃と同じこと」だと語る。
独立の決断と「自己洗脳」
動画によると、吉田さんは独立を誰にも相談せずに決め、妻にだけ伝えたところ「離婚する」と言われたが、「もう一軒家を建てるから頑張る」と約束して納得してもらったという(今も円満だが、その約束はしょっちゅう催促されると笑う)。やめる際に不安はまったくなかったといい、退職の1年ほど前からビジネス書に没頭して速読で月100冊ほどを読み、「やめる時には成功しかない」と自分を“洗脳”していたからだと語る。退職後はコンプライアンスに配慮して1年間は別の会社(保険)に勤めて準備し、その間に顧客が集まり、現在と同じコンサルを始めたという。
勝ちパターン — 紹介と講演
動画によると、まだ6年目で体制が整っていないため、急いで集客するとサービスが落ちると考え、焦らず「お客様がお客様を紹介してくれる」流れを大切にしているという。契約で定めた以上に応える(パッケージの120%以上をこなす)ことが、紹介による拡大につながっていると語る。近年は税理士や中小企業診断士向けに「財務コンサルのやり方」を講演し、そこからの紹介も勝ちパターンになりつつあると話す。
アライアンスと資金
動画によると、吉田さんは社員を雇わず、信頼できる中小企業診断士や弁護士とアライアンスを組んで対応しているという。資金面では困ったことはないといい、土地を購入する際に自ら都市銀行と関係を築き、その縁を生かしてクライアントの取引につなげた——という、自ら道を切り開くエピソードも語られる。
ライフスタイル — 北海道の暮らしと趣味
動画によると、吉田さんは北海道(札幌)の生まれで、広い土地に持ち家を構えているという。雪国ならではのロードヒーティング(融雪設備)を施した大きなガレージを持ち、複数の車を所有。学生時代や銀行員時代にはモトクロスやジムカーナなどのモータースポーツにも親しんだと振り返る。学生時代はスキーのインストラクター(指導員資格を持ち、1シーズンでまとまった額を稼いだ)としても活躍し、「実家暮らしの学生時代のほうがお金持ちだった」と笑う。
生い立ち
動画によると、吉田さんは男3人きょうだいの末っ子で、公務員の堅い家庭に育ったという。きょうだいがやんちゃだった時代に、親から強く真面目を諭されたことが“反面教師”として今に生きていると振り返る(家族に関する具体的な描写は控えています)。子どもの頃はおとなしく、小学3年から大学までサッカーに打ち込んだ一方、勉強はほとんどしなかったという。銀行に進んだのも、就職活動中の友人に誘われて受けた面接が、思いがけず通ったことがきっかけだったと語る。
経営観・価格と視聴者へのメッセージ
動画によると、吉田さんは経営者に深く寄り添うぶん「自分は使われているイメージ」だといい、誠実に、要求以上に応えることを常に意識していると語る。価格は「財務部長(新入社員)の人件費」をイメージし、月30〜40万円を中心に規模・業績に応じて相談に乗っているという。視聴者へは「“自分のやりたいこと”だけで起業すると成功確率は低い。市場が求めることと自分ができることが重なる点でやれば、特殊な才能がなくても成功できる」とメッセージを送る。第2の人生は充実しており、今後は社員を受け入れて拡大していきたいと語る。
まとめ
動画では、銀行員時代の合併で抱いた違和感を原点に、「財務部長」として中小企業に伴走する独自のスタイル、誠実さを軸にした紹介中心の拡大、そして北海道での趣味豊かな暮らしが描かれる。硬さの中に人間味のある吉田さんの姿が伝わる回となっている。
本編
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