KAGKAS と金保智也さん

株式会社KAGKASの金保智也さんが登場する回。動画では、ホームステージング(レンタル家具で物件をモデルルーム化し販売を促進する)とリノベーション工事のしくみ、その本質的な狙い、京都の山奥から営業一筋で歩んできた半生、そして「循環」を生む勝ち筋まで、幅広く語られる。動画によると、大阪・東京・名古屋・福岡に事務所や倉庫を構えているという。

事業 — ホームステージングとリノベーション

動画によると、同社の事業は大きく二つ。ホームステージングは、空室だとイメージしにくい販売・賃貸物件にレンタル家具をコーディネートし、生活のイメージを持ってもらう販売促進サービスだという。もう一つがリノベーション工事で、家を「作る・見せる・売る」がワンストップでできるのが特徴だと語る。不動産会社のほか、工務店や建築会社が完成見学会で利用することも多いという。家具はすべてレンタルで、900セットほどを自社で保有していると話す。事務所のスペースには実際に納品する家具を設置して顧客と打ち合わせをしたり、社員の研修・実習に使ったりしているという。

「家を売る」ためのホームステージング

動画によると、インテリアコーディネーターの仕事と似ているが、目的が違うのが本質だという。きれいに飾るのがゴールではなく、「どうすれば家が売れるか」にフォーカスし、あえて余白をつくることで、見た人が「自分が住むならこうしたい」と思い描けるようにする——そこが意外と知られていないポイントだと語る。大手も手がける領域だが、目的設定が違うという。本業として不動産の知見を持つことが強みだと話す。

規模と全国展開

動画によると、KAGKASは7期目で、コロナ禍も含め赤字を一度も出さずコツコツ広げてきたという。一気に拡大するより、求められるクオリティを追いながら堅実に広げてきたと語る。経営者コミュニティ出演後は問い合わせが大きく増えたという。スタッフは50名台で、近く60名を超える見込みだと話す。著名な人にも利用されているサービスだと紹介される。

生い立ち — 京都の山奥から

動画によると、金保さんは京都府の山あい(天橋立にほど近いエリア)の出身で、実家はガソリンスタンドや小さなスーパーを営む商売人の家系だという。妹が一人いる長男で、子どもの頃は「人と同じことをするのが嫌い」で年上とばかり遊ぶ、尖った性格だったと振り返る。学生時代は中学からバンドやバイクに熱中。初めて稼いだのは中学1年の新聞配達(月1万〜1万5000円ほど)で、夏休みには実家のガソリンスタンドで洗車や給油の手伝いもしていたという。

「稼ぎたい」— 芸能から営業へ

動画によると、中学の終わりごろに父の年収を聞いて「自営で社長をやってもこの程度なのか」と感じ、勉強よりも「どうすれば稼げるか」を考えるようになったという。一度は芸能の道を志して事務所のオーディションに受かり通ったこともあるが、思い描く方向と違うと感じて断念。営業の雑誌で「稼げる」と知って営業の世界に入り、初めての給料の多さに「これなら普通に働こう」と思ったのが、起業までの流れの出発点だと語る。高校は中退し、最終学歴は中卒で、16歳から働き始めたという。

不動産で頭角を現す

動画によると、社会人の最初は外壁・住宅の販売や訪問販売など、一通りの営業をかじり、さまざまなものを売ってきたという。「このままでいいのか」と感じたのは10代の頃で、20歳で不動産業界に入ってからは怒涛の勢いで稼いだと振り返る。出来高制で働き、その会社のナンバー1として居心地よく過ごしていたという。

起業の決断 — 構想を温めて

動画によると、ホームステージングの構想はだいぶ前から温めており、前職時代に自分たちで家を売りながら実践していたという。「これを商売にしましょう、まだないからやりましょう」と前の会社に提案したところ「それなら自分でやれ」と言われ、「やりたいのでやります」と独立したのがきっかけだと語る。円満な辞め方で、今も前職とは仲が良く、納品の取引も続いているという。やめる時の不安は大きかったが、収支を計算したうえで踏み切ったと話す。

起業初日と最初の取引

動画によると、起業初日は大阪・南森町に初めて借りた8坪ほどの小さな事務所で、内装も自分たちで決めて整え、「形から入るタイプ」だったと振り返る。資本金300万円で始め、内装費もそこから捻出。公庫からの創業融資も活用したという。独立は不動産業として始め、最初の商品は売買の仲介で、そこに家具を入れる形だった。前職からついてきた仲間らと3〜4人でスタートし、家具(KAGKAS)事業部と不動産部門を分けて原資を作っていったという。初めての顧客は、辞めた会社の社長に家具を入れてもらった案件(兵庫・芦屋の戸建て)だったと語る。

創業期の苦労 — 人付き合い

動画によると、創業初期に最も辛かったのは「人付き合い」だったという。独立組同士の会食や飲みの付き合いが、お金を使いたくない時期と重なって葛藤だったと振り返る。一方で、業界柄こうした会食やゴルフは情報や仕事につながることも多く、当時はそれも仕事として臨み、実際に取引が大きく増えたという。「移動距離が売上に比例する」という言葉を体現するように飛び回っていたと話す。

コロナ禍を「攻め」に変える

動画によると、事業が軌道に乗ったきっかけは、意外にもコロナ禍だったという。多くの人が投資を控えるなか、融資を受けやすかったこともあり、外出自粛で誰も動いていない時期にあえて東京へ進出したと語る。当初はアポも取れず苦しかったが、不動産業界での人脈をたどって徐々に広げ、コロナが落ち着くと一気に伸びたという。当時はまだ珍しかったWeb会議や、距離を取った対面の打ち合わせで乗り切ったと振り返る。

ビジネスモデルと「循環」の勝ち筋

動画によると、現在はKAGKAS(ホームステージング)に主軸を置き、不動産仲介は別法人として従業員に任せているという。いい物件があれば取引先に紹介し、ホームステージングの仕事も受ける——という形で、「作る・見せる・売る」が循環する。集客・売上の勝ち筋も「好循環をどう生むか」だといい、お試しでも使ってもらって納得の取引ができれば2件目・3件目とつながる積み重ねが結果になっていると語る。不動産以外には手を広げず、シナジーのあることしかやらないという。

組織と資金

動画によると、現在のメンバーはほぼ採用媒体からの応募で、最終面接は必ず自身が行うという。大阪のプランナー・コーディネーターは離職0だと語る。資金面では、ホームステージングという前例の少ないビジネスモデルゆえ、当初は銀行が様子見で借入が難しく、利益から家具を買い足していたという。スキームを資料で示し、1年ごとに信頼を積み重ねて借入の実績を作り、今では半期ごとに融資の声がかかるようになったと話す。

経営観・満足・展望

動画によると、金保さんはかつて「売上を作ってなんぼ」と考えていたが、東京が一気に伸びて社員数と売上のバランスが崩れ、現場のマインドが下がる局面を経験し、今は「人・組織」が最も大事だと考えるようになったという。「会社の一番の福利厚生は会社を潰さないこと」とも語る。仕事には満足しつつ「ゴールはまだ先」で、一段ずつ登ることに喜びを感じているという。今後は、軸である「不動産の販売促進」を保ちながら、いずれは自社で家具を作る側に回ったり、自分たちの手間や価値を購入検討者に伝えるサイト・SNSでの発信を強化したりしたいと展望を語る。

視聴者へのメッセージ

動画によると、金保さんは「考えるよりまずやってみたらどうか。ダメならまた戻ればいい。行動が先だ」と語る。今が楽しければ今のままでもよいが、どうかなと思うなら動いてみることだと呼びかける。

まとめ

動画では、「家を売る」ための余白づくりという本質、京都の山奥から営業一筋で歩んだ半生、コロナ禍を攻めに転じた決断、そして「循環」を生む勝ち筋が描かれる。シナジーにこだわり堅実に伸ばしてきた金保さんの経営姿勢が伝わる回となっている。

本編

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